東海道踏破をとおして学んだこと

テントを担いでひとり旅

最初は「絶対に無理だ」と、夢のまた夢という感じに捉えていた東海道連続踏破を、いつの間にか果たしてしまっていた。

東海道を全部歩くなんて、普段から体を鍛えていて筋骨隆々の人が苦労してこそ、はじめて成せる業かと思っていた。それが、ろくすっぽ体も動かしてない見るからに〈運動音痴タイプ〉の自分にできたなんて信じられない。

少なくとも僕は、「なにか運動をなされているんですか?」などと尋ねれるような風貌はしていないし、事実、足などは気持ち悪いくらいに細い。これが女性であれば、非常に望ましいことなのかもしれない。去年の五月に踵を砕く骨折をして入院したのだが、そのときに看護婦さんから「まあ、きれいな足ね」と褒められたくらいだ。

この一連の旅を通して、感じたこと、学んだことはたくさんあるが、その一つに「人の持つ無限の可能性」というのがある。また「精神力はなにものにも勝る」という点も合わせて述べておきたい。

最初、僕は五百キロを歩くことなんか不可能だと思った。さらに言えば百キロを歩くことすら無理じゃないかと考えていた。でも実際やってみたら簡単にとはいわないができてしまった。つまり、僕はできないと思ったのであって、できなかったわけではないのだ。

歩いているときは本当につらかった。いま思うと、なに甘っちょろいこと言ってるんだという感じだが、そのときは「これ以上のつらさがあるだろうか」と本気で思った。これ以上歩いたら人間の限界をこえて死んでしまうのではないかとすら思った。でもそれはすべて思っただけであって、実際はなにも問題はなかった。

歩いているときは、ずっと自分の限界に挑戦していた。これでもかこれでもかと自分を痛めつけるようなことを続けてきた。それで本当の限界に達したかと言うと、決してそんなことはなく、限界に近づこうとすればするほど、それは遠のいていった。

そこで感じたのは「人には無限の可能性がある」ということだった。つまり人に限界というものはないのではないかということだ。もちろん生身の人間に水中で生活しろといっても無理なものは無理だ。でも、そう飛躍的なことではなく、人が今持っている能力をどこまで伸ばせるかという点においては限界はないと思った。

それでも限界を感じるのは、自分でそれがあると思い込んで、勝手に境界線を引いてしまっているだけ。

二十キロの荷を負って一日に歩ける距離は二十五キロ。どんなに頑張っても二十五キロが限界でそれ以上は無理。最初はそう思っていた。それはある程度の経験から得られた限界点だった。

でも「死ぬ気」で思いきって限界に挑戦してみたら、それはあっけなく破られた。これによって限界点は三十キロに伸びた。

これこそ本当の限界だろう、そう思ったが、この記録もまた破られた。こうして最終的には七十キロまで歩くことができた。こうなると最初の二十五キロというのはいったいなんだったのだろうか。それは自分に甘えていただけ。自分の弱さゆえに自分の持ち得る能力を発揮していなかっただけなのだ。この七十キロというのだって今までに確認した範囲だけだから、まだまだ伸びる可能性は十分にある。というより、まだまだ歩き続けることができるだろう。

今は、たまたま『歩き』を例にあげたが、これは実生活のどんな面にでも言えることでないだろうか。どうせできないといって諦めていたものでも人間の持つ能力からすれば十分に可能だった。そんなことがいくらでもあると思う。ただしそれにはいくらかの苦痛が伴うかも知れない。それでもそれから逃げなければ、人が不可能といえることは極端に少ないのではないかと考えさせられた。

このとき同時に感じたのは、先ほども述べた「精神力はなにものにも勝る」という点だった。疲れきって歩いているときというのは恐らく肉体的には限界に近いものがあっただろう。もしかしたら限界を超えていたのかもしれない。体を思い通りコントロールするのができないようなこともあったからだ。そんな時でも不思議と体を動かすことだけはできた。よく人が口にする「もう一歩も動けない」という状態にはどうやっても、お目に掛かることはできなかった。

それにいくら疲れていても、何か外的要因で励みが得られた時  たとえば見ず知らずの人に親切にしてもらったとき  などは不思議と疲れや辛さをまったく感じなかった。

その変化が自分でも気持ち悪いくらいで、「なんでも気の持ちよう」というのを痛感させられた。

これほどに気持ち、つまり精神の作用を強く感じたのは初めてだった。だからその精神力を鍛えてやれば、どんなものごとにも対処できると感じた。

精神的強さは肉体的強さをカバーできる。そう考えるときに『火事場のくそ力』というのを思い出した。生理学的にどういう作用が働くかなんてことは知らないが、その場の緊迫した状況によって通常を超えた力が発揮されることは事実だ。

もし、その緊迫した状態というのを仮想的に作り出してやることが自由にできれば、それはすごいことではないだろうか。実際にそんなことができるかはわからないが、この『歩く』ということを通して、その可能性を感じた。

東海道を歩くという行為に対して人がどう評価するかはわからない。

「五百キロも歩いたんですか、そうですか、すごいですね」

そうは言っても心では、

(そんな歩いてなにが楽しいんだよ、ヒマな奴だな)

と思っている。まあ、そんなところだろう。

たしかにいくら歩いたって、日本の政治が変わるわけじゃないし、社会に貢献するわけでもない。

まったく意味のないこと、そうかもしれない。でも周りからどういわれようとも、それが自分にとって大いに意味があったことは間違いない。

この一連の旅を通して学んだことはたくさんある。こうして文章で表現できるのも、そのうちのごく一部だけで、考え方やものごとの捉えかたなどの微妙な点で実に多くのものを得た。それらは本当にかけがえのないものだと思う。野宿を繰り返しながら歩き続ける。そんな特殊な状況に身を置いたからこそ気づいたことがあまりに多すぎる。

最後の旅で十二日間、トータルで二十二日におよぶ旅だったが、その間の日々は本当に密度の濃いものだった。普段の生活の何年分にも相当するような印象すら受ける。普通なら何年もかかって知ることを、ごく短い間に学ぶことができたように感じる。

『知る』とか『学ぶ』ということの近道は、『きっかけ』にあると思う。本を読んだりとか様々な形で『学ぶ』ことはいくらでもできるが、それは今までにあった自分というものの上に積み重ねていくという部分が大きい。いうなれば自分という大きな枠の中の密度を高めるだけであって、その枠を抜け出すということはなかなか難しい。

でも、何かの『きっかけ』があれば、驚くほど簡単に、その枠を飛び越えることができる。

枠を飛び越えるというのは、今までになかった新しい視点を身につけること。そうすると何もかもが新鮮に見えて、今まで知っていたことに対しては、より多角的に、また深く掘り下げて考えられるようになる。そして何より、今までは見向きもしなかったことにも、目を向けられるようになる。

本などの書物が、そのきっかけを与えてくれることもあるが、どうもメディアを媒介したものだと、その飛躍度があまり大きくない気がする。

やはり実際に体験してみることに勝ることはない。その点で旅行が与える影響は大きい。
そんな意味で、この旅は僕にとって、とても大きいものだった。

自分から『きっかけ』を求める行為、それが旅だと僕は思っている。積極的に自分から働き掛けること、それはとても大切なことだ。その姿勢を忘れたくない。

しかし、なにもそればかりではない。

日常生活の何気ない出来事、例えばテレビの映像、映画、本、人と接すること。それこそ身の回りのすべてのものごとが、何かの『きっかけ』になり得る。要はそれに気づくかどうか。気づいても見過ごしていることはないだろうか。

忙しくなく先へと進んでいる世の中で生活していても、立ち止まることを忘れたくない。心を動かされることに出会ったら、迷わず立ち止まってみる。

先を急ぐあまりに大切な物を失うことのないように

最初は小さな好奇心からはじまったものであったが、それは大きなものを残していった。