ひとり旅する女の人の気持ち

ひとりで旅をする女の人、いったいどんな気持ちでそうしているのだろうか。

今まで、テントとシュラフを持参の旅というのは男の専売特許と思っていた。

旅の感覚をわずかながら理解してくれる女友達に旅の話をすると、「いいよね。男の特権だよね。女だとそうはいかないから」と言われたものだ。

ところが西表島へ行ってからは女性のソロキャンパーが意外にも多いのに驚いてしまった。
僕が直接あった人は限られているけど、人々の話の中には実に多くの女性ソロキャンパーが登場してきた。彼女たちのパワーにはただただ感嘆するばかりである。

たとえば、ぼくがテントを張っていた草陰は、かつての伝説の「女子高生ソロキャンパー」が開拓した場所だったという。ちかくに定住している長期滞在キャンパーから聞いた。

なんでもその女子高生ソロキャンパーというのは、高校の卒業旅行として一人でキャンプをしに西表島にきたのはいいけれど、そこがすっかり気にいってしまい、大学が始まっても帰ろうとせずに居つづけた。しまいには両親が迎えにきて連れ戻されたが、数か月後にはバイクを伴って舞い戻ってきたという。「なんでこんな子がキャンプなんかするんだろう」、そんな感じのおとなしい子だったという。

ぼくが知り合った中で一番パワーを感じたのは、一緒に二泊三日かけてジャングルを縦走したMさんだ。

大の男でも躊躇を示す、「毒蛇ハブと吸血ヒルのうようよいる道なき道」の縦走をしたくてしたくてうずうずしていたというひとで、賑やかなキャンプ場を避けて、あえて辺鄙な場所を選んでテントをはるような、そんな芯の強さを感じさせる人だった。旅の経験も豊富で、「よくもまあ、そんなことを…」と思うようなことを、平気でポンポンと語ってくれる。

今年の五月に九州の屋久島でお互い旅人の姿で再会したが、彼女はその足で沖縄へ渡り、台湾、香港、ネパール、インド、パキスタン、中国へと旅して、そしていまはどこにいるのかわからない。まあ、とにかくすごい人である。

そういった女性がひとりで旅(キャンプ・野宿)をするというのは、どんな感覚なのだろうか。ふつうのひとなら(あまりこんな表現したくないんだけどね。一般の人の意)、そうやすやすとそんなことはできないだろう。

それは男だっておなじだ。便利で安全な街で生活している人に、急に山奥で一人で野宿しろといったら、怖いとまではいわないにしても、躊躇するにちがいない。

それに加えて女性の場合、金銭などを持ってなくとも身ひとつあるだけで犯罪に遭遇する要因となる。そこが男と決定的に異なる。いくら大胆に行動しているようひとでも、実はそれなりに神経をつかっているところがあるようだ。

身の危険を感じながらも旅を続ける女性の気持ち。いったいどんなものなのだろうか。男である自分にはよくわからない。

……などと思っていたのは、あの出来事の起こる前までである。今回の旅で、そんな女の人の気持ちが嫌でもわかってしまうような事件に遭遇した。

その事件とは……

そのまえに、まずTさんとの出会いから書いていかねばならない。

僕は西表島に着き、南風見田の浜でひとりテントを張って、そこでの生活が始まった。

その浜の数少ない公共施設である水場(といってもただの沢だけど)で体を洗っているときに、ひとりの中年の男の人に声をかけられた。ひきしまった体にのび放題の髭と髪。それに鋭い目つき。「コイツただものじゃないな」と一目でわかる風袋だった。

そのなみなみならぬ雰囲気に一瞬たじろいだが、話してみるとやっぱりただものではなかった。なんでもこの浜でこれから一年暮らすというのだ。そのための下見にきたという。その情報収集の一環として、ここで生活しているキャンパー(僕のことだ)に声をかけてきたのだ。

すこし話をした後、彼は「一週間後に荷物をもってくる」と言い残し、島の反対側にあるユースホステルに帰っていった。

きっかけはこれだけだったが、彼が本格的にこちらへうつり住んできたときから、お隣さんということもあって一緒に食事などをするようになった。正確にいえば僕が一方的に御馳走になっていたという方が正しい。僕が金銭的に貧しい生活をしていると知ると、自分の方に大きく負担がかかるのを承知に上で、食事を一緒にしようといってくれたのだ。

彼、Tさんというのだが齢は四十五歳。二十数年間働いた仕事を辞して西表にきた。そして一年ここで自分を鍛えてから、来年から三年半かけての世界一周旅行に旅立つといっていた。

旅人の多くがそうであるように、彼もまた哲学的なことを深く考えていて、「自分の意志とは無関係に世に出でた自分は、これからどこへ向かうのか」、その答えを得るために西表へ来、そして世界へ出るという。それが自分の本来の仕事であって、それを果たすために世俗の地位を捨てて、また親族や過去も精算してきたといっていた。

Tさんが僕のとなりにテントを張ってから一週間ほどたったある日、Tさんの友人のひとりがはるばる東京からたずねてきた。

世界旅行に同行することになっているひとで、五人だけいるという親友のひとりだそうだ。

Tさんのことが心配で見にきたというのが本当のところのようだ。しばらくこの浜にとどまるという。

Sさんといい、この人も旅行にとりつかれたひとで、今は失業中。これから世界旅行のための資金集めに職を探さなければいけないといっていた。ワイルドなTさんとは対称的に都会的な人で、キャンプ生活も初めてにちかく、しきりに冷たいコーラが飲みたい、アイスが食べたいといっていた。

Sさんを含めて、三人の生活がしばらく続いた。どこか遠出をするわけでもなく、洗濯や炊事などをしてあとはボーッとときをすごすだけなので、実質的には寝るとき以外はずっといっしょだった。

そんなある夜、夕食のあと、いつものように銘々で星空を眺めていた。夕食の準備のときからやけに静かだったSさんは早いピッチで地酒の久米仙を飲んでいた。そして突然はなしはじめた。もともとゆっくりと丁寧な話し方をする人だが、そのときはやや語調が荒かった。そのいっていることといえば……

はやい話、僕に対する非難だった。僕が経済的な意味でTさんによりかかって甘えている。そうして僕が完全に自立心をなくしている。それはよくない。

詰問調とまではいかないが、普段は静かな人だけに、言葉のなかに激しさを感じた。 完全に自立心をなくしている  そこまで言われるのは心外にしても、たしかにその通りだったかもしれない。

旅先という開放的な気分から、すこし調子に乗っていたかもしれない。人の好意を受けることになれていなくて、どこまでというラインをまったく意識していなかった。

Tさんは気にするなといってくれていたが、でもそれこそちゃんと考えなくてはいけないことだ。Sさんにはきついことをいわれたけど、大切なことをいってくれたんだ、と思った。
ところが、Sさんの話が次第に奇妙なものになっていった。

そのとき同じ浜でテントを張っていた別のキャンパーたちのことを持ちだして、「彼らが君たちふたりのことを不審に思っている」、というのだ。君たちふたりというのは僕とTさんのことだ。さらにこんなことも言った。

「ふたりが恋人同士というなら別にいいんだよ。でもそうじゃないんでしょ、だったら不自然だよ」

比喩なんだろうが、いまひとつ意味がくみ取れなかった。

このあたりになると、僕を飛び越して完全にTさんとSさんのふたりのはなしになっていた。

最初は僕のことからはじまったのだが、なんだか焦点がボケてきた。いったいSさんはなにを言いたいのだろう。

そうこうしているうちに二人は決裂したらしく、Sさんはテントに、Tさんは闇の中どこかへ行ってしまった。

話のなりゆきはわかならないが、少なくとも僕が二人のケンカの元凶だ。いったいどうしたらいいんだろう。ひとり取り残されて、なかばパニック状態であれこれ考えていた。

一時間ほどたってからか、Tさんが戻ってきた。

「研クン、向こうで話そう」

テントから離れた波打ち際でふたり腰を下ろした。

「研クン、ごめんな。こんなことになっちゃって。彼、躁鬱が激しくて、今日は夕方くらいからずっと変だったんだ」

夕方といえば、僕は二時間程Tさんと食料の買い出しに出かけていて、Sさんひとりが残されていた。

「聞いててわかったと思うけど、さっき彼、へんなこといってただろう」

Tさんがなにをいいたいのかわからず、僕は黙っている。

「研クン、ホモセクシャルって聞いたことある?」

「君にとってはショックかもしれないけど、実は僕もセイジ(Sさんのこと)も、ホモなんだ」

………これは決して冗談ではない。実際にあったはなしである。

ホモセクシャル、はなしに聞くことはあっても実際に目の前にしたのははじめてだった。どう考えても自分とは関係するとは思えなかった世界が、こうして目の前にあるとは……

「えっ、ウソでしょ!?」 思わずそう叫びそうになった。

Tさんとはもう二週間ちかくいっしょにいる。Sさんとも六日ほど。まったく気づかなかった。どちらも四十歳前後で独り身というのが気にならないでもなかったが、旅好きゆえにひとりなのかと思っていた。

はなしをきいていくと、Sさんが僕を責めたことは、「自立心をなくしている云々」より、じつは単に『嫉妬』、だったらしいのだ。

TさんとSさんは元恋人という間柄で、今はただの親友として付き合っているのだが、Sさんのほうにはまだその気があるらしい。

だからSさんからすれば、愛しい人を心配して、はるばる東京からきたのに、その当人(Tさん)はちっとも寂しがっておらず、恋人ではないにしても若い男(僕のことだ)と仲よくやってる。しかも夕方から夜にかけて、その気になる二人が、二人きりで出かけてなかなか帰ってこなかった。

ちょっとややこしいが普通の男女の関係で考えてみると分かりやすい。つまりSさんはやきもちをやいて僕に意地悪をしたのだ。

これについてはなんとコメントしていいものか悩むが、まあ世の中いろいろなひとがいるもんだねぇ、くらいしか言えない。

目の前に起きたことが僕にとってはあまりに突拍子もないことで、ショックも大きくいまだ現実のこととしてとらえられない。

波打ち際で、Tさんのそんな告白(決して愛の告白じゃないよ)を聞いてからも、ぼくはそれまでと同じようにいっしょの生活を続けた。

今までの二週間、毎晩のようにTさんと話していたが、そのなかから彼の親切が決して下心のあるものではないことを確信できたし、なにより彼は人間として僕と付き合っているといってくれていた。それは信用できるものだと思えた。だからこそ僕が西表を去る日まで今まで通りに過ごした。Sさんとはすこしぎこちなかったけど。

長かったが、ここでやっと言いたかった本題にはいる。

ひとり旅をする女の人の気持ちについてである。身ひとつあるだけでいつでも襲われる危険を感じながら旅をするというのはどんな心持ちなのだろうか、という話だった。 男の自分にはわからない、そう思っていたのだが、そのその日のできごとで、それが感覚的に分かってしまった。

男でもホモに襲われることがあるのだ。Tさんの話では、その世界の人の半分は先天的なもので、もう半分はいわばレイプによってその道にひきづりこまれてしまった人なのだそうだ。

そんなことをいわれるとどうも身構えてしまう。場面は先ほどの「ホモである」という告白のときに戻る。その告白をされたとき、まわりは闇、人もいない。最寄りの民家は四キロ先。ロマンチックな星空と、静かに打ち寄せる波音。いかにもその気にさせるシチュエーションである。不幸にも条件がととのいすぎていた。

Tさんが口を開いた。

「ホモセクシャルなんて、君には感覚的に理解できない世界かもしれない……」

ここで余韻を残して再び静寂。

この後にどんな言葉が続くのか、この瞬間が一番怖かった。

「だから、オレがその世界を教えてあげよう」

なんていわて襲われたらどうしよう!? いくら四十五歳とはいえ、筋肉質で向こうのほうが力がある。彼にかかったら僕なんかとても太刀打ちできない。

まあ、実際はなにもなかったのだが、このときは半ば諦めたような気持ちがおおきかった。それでもポケットにあったマグライトを握り締めていつでも、それで殴れるように身を堅くしていた。この時の立場はまるきり女の人と同じだったと思う。身ひとつで襲われる危険、それに体力的な差。

言葉では言い表わせないが、こんな恐ろしい思いと背中合わせで旅している女性っていったい……

もし自分が女だったら絶対にそんなことはできないだろう。

女性ソロキャンパーに対しては、ただ、めずらしいね、という以上に、心からの尊敬の念を抱かずにはいられなかった。

旅とはすべてが暫定的な非日常の世界だけに、まったく予期ができない。それが不安でもあるし楽しみでもある。

旅だから知れたこと、学べたこと。

このできごとで得たもの。それは完全ではないにしろ女の人の気持ちが感覚的に理解できたこと。

そして同性愛については今のところはノーコメント。まだ頭の中の整理がつかない。

くれぐれも言っておくけど、Tさんとの間になにかあったわけじゃないからね。あくまでも彼とは人間としての付き合い。あまりしつこくいうとよけいに怪しまれるから、いわないけど、本当に、本当になんにもなかったんだからね。

あー、しばらく男性不信が続きそう。